神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)1162号 判決 1989年5月23日
原告反訴被告
駒姫交通株式会社
ほか一名
被告(反訴原告)
永野敏夫
主文
一 原告(反訴被告)等と被告(反訴原告)との間で、原告(反訴被告)等の被告(反訴原告)に対する別紙交通事故目録記載の交通事故に基づく損害賠償債務が金一九三万八〇〇一円を越えて存在しないことを確認する。
二 反訴被告(原告)等は、反訴原告(被告)に対し、各自金一九三万八〇〇一円及びこれに対する昭和六二年五月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告(反訴被告)等の被告(反訴原告)に対するその余の請求、反訴原告(被告)の反訴被告(原告)等に対するその余の反訴請求を、いずれも棄却する。
四 訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを三分し、その二を原告(反訴被告)等の、その一を被告(反訴原告)の、各負担とする。
五 この判決の主文第二項は、仮に執行することができる。
事実
以下、「原告(反訴被告)駒姫交通株式会社」を「原告会社」と、「原告(反訴被告)地田己喜男」を「原告地田」と、「被告(反訴原告)永野敏夫」を「被告」と、略称する。
第一当事者双方の求めた裁判
一 本訴
1 原告等
(一) 原告等と被告との間で、原告等の被告に対する別紙交通事故目録記載の交通事故に基づく損害賠償債務が金一〇万円を越えて存在しないことを確認する。
(二) 訴訟費用は、被告の負担とする。
2 被告
(一) 原告等の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は、原告等の負担とする。
二 反訴
1 被告
(一) 原告等は、被告に対し、各自金七四一万四八七二円及びこれに対する昭和六二年五月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は、原告等の負担とする。
(三) 仮執行の宣言。
2 原告等
(一) 被告の反訴請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は、被告の負担とする。
第二当事者双方の主張
一 本訴
1 原告等の請求原因
(一) 別紙交通事故目録記載の交通事故(以下本件事故という。)が発生した。
(二) 原告会社は、原告地田の使用者であり、右事故は、原告地田が原告車に乗務しその業務執行中に発生したものである。
(三) 被告は、右事故により両膝部両手部に軽い打撲挫傷の傷害を負つたに過ぎず、右事故発生に対する被告の過失につき過失相殺すると、原告等の被告に対する右事故に基づく損害賠償額は、治療費を含めて金一〇万円を越えない。
(四) しかるに、被告は、原告等の右主張を争い、右損害賠償額は金一〇万円を越えて存在する旨主張している。
(五) よつて、原告等は、本訴により、原告等の被告との間で、原告等の被告に対する本件事故に基づく損害賠償債務が金一〇万円を越えて存在しないことの確認を求める。
2 請求原因に対する被告の答弁及び抗弁
(一) 答弁
請求原因(一)の事実は認める。ただし、被告は、原告車と接触した後撥ね飛ばされたものである。同(二)の事実は認める。同(三)の事実及び主張は争う。同(四)の事実は認める。同(五)の主張は争う。
(二) 抗弁
反訴請求原因のとおりであるから、これを引用する。
3 抗弁に対する原告等の答弁及び再抗弁
(一) 答弁
反訴請求原因に対する答弁のとおりである。
(二) 再抗弁
反訴における抗弁のとおりであるから、これを引用する。
4 再抗弁に対する被告の答弁
反訴における抗弁に対する答弁のとおりである。
二 反訴
1 被告の反訴請求原因
(一) 本件事故が発生した。被告は、右事故において原告車と接触した後撥ね飛ばされた。
(二)(1) 原告会社は、本件事故当時、原告車の保有者であつた。
(2) 原告地田は、前方不注視、安全確認懈怠の過失により右事故を惹起した。
(3) よつて、原告会社には自賠法三条により、原告地田には民法七〇九条により、被告が右事故により蒙つた後叙損害を賠償する責任がある。
(三)(1) 被告は、本件事故により、頭部外傷Ⅱ型、頭部打撲傷、頸部捻挫、両膝部両手部打撲傷の傷害を受けた。
(2) 被告の右受傷治療の経過は、次のとおりである。
(イ) 小原病院 昭和六二年五月二三日から同月二七日まで入院。
(ロ) 飯尾病院 昭和六二年五月二七日から同年七月二八日まで入院。
昭和六二年七月三〇日から昭和六三年五月三一日まで通院(実治療日数二四九日)。
(3) 被告の右受傷は、昭和六三年五月三一日症状固定し、両肩が張つたりこつたりする、首の右側筋が痛む、首を左右に動かすと首の右側筋が痛む等の後遺障害が残存する。
(四) 被告の本件損害額は、次のとおりである。
(1) 入院雑費 金六万〇四〇〇円
被告の本件全入院期間六七日中一日当り金一二〇〇円の割合。
(2) 通院交通費 金一六万五三六〇円
飯尾病院への通院期間の内昭和六二年一〇月一八日から昭和六三年五月二日まで一五九日分につき一日当り金一〇四〇円の割合。
(3) 後遺障害による逸失利益 金三二〇万九一一二円
(イ) 被告の本件後遺障害は、局部に極めて頑固な神経症状を残したものであつて、同人は、本件症状固定後五年間にわたりその労働能力の一四パーセントを喪失した。
(ロ) 被告は、本件事故当時四七歳であり、生活保護を受給しているものの勤労意欲を有するものであるから、少くとも昭和六一年度賃金センサス男子労働者労歴計四五歳から四九歳までの年収額金五五五万九六〇〇円相当の収入を得ており、その一四パーセントを喪失したと認めるべきである。
(ハ) 右各事実を基礎として、被告の本件後遺障害に基づく逸失利益の現価額をホフマン式計算方法により算定すると、金三二〇万九一一二円となる。(ただし、新ホフマン係数は、四・一二三。)
(4) 慰謝料 金三三八万円
(イ) 傷害分 金一五〇万円
(ロ) 本件後遺障害分 金一八八万円
(5) 弁護士費用 金六〇万円
(6) 以上、被告の本件損害合計額は、金七四一万四八七二円となる。
(五) よつて、被告は、反訴により、原告等に対し、各自本件損害額金七四一万四八七二円及びこれに対する本件事故当日の昭和六二年五月二二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 反訴請求原因に対する原告等の答弁及び抗弁
(一) 答弁
反訴請求原因(一)中被告が原告車と接触後撥ね飛ばされたことは否認し、同(一)のその余の事実は認める。原告車は、被告と僅かに接触したに過ぎず、被告は、その場に両手両膝を地面につくように前に崩れたものである。同(二)(1)の事実は認めるが、同(2)の事実は否認。同(三)の事実は全て不知。ただし、本件事故と入院治療との因果関係は否認。同(四)(1)、(2)、(4)(イ)、(5)の各事実は不知。同(3)、同(4)(ロ)の事実は否認。
(二) 抗弁
仮に、原告等に本件損害賠償責任が認められるとするならば、被告にも本件事故発生に対する過失があつた。
即ち、原告車が前叙経緯(反訴請求原因(一)のとおり。)で車両前部を東方に向き変え低速度で前進を始めた際、右車両の左後方から、西方より東方へ向け小走りに通行して来た被告と接触した。
進行中の車両のすぐ傍を通行しようとする歩行者は、右車両の動向に十分注意して通行すべき注意義務があるところ、特に本件においては、原告車が一旦後退し前進しようとしたのであるから、被告としては、右車両の動向に十分注意して通行すべき注意義務があつた。
しかるに、被告は、右注意義務を怠り、むしろ右車両に自らの身体をぶつけるように小走りで右車両前部左側面へ向け進行した。
よつて、被告の右過失は、同人の本件損害額を算定するに当り斟酌すべきである。
3 抗弁に対する被告の答弁
抗弁事実中被告が本件事故発生直前に小走りで原告車に自らの身体をぶつけるように進行したことを否認し、その余の事実は認める。ただし、被告が原告車と接触後撥ね飛ばされたことは前叙のとおりである。被告に本件事故発生に対する過失があつたとの主張は争う。
第三証拠関係
本件記録中の書証、証人等各目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
第一本訴
一 請求原因(一)、(二)、(四)の各事実は、当事者間に争いがない。
ただし、請求原因(一)の事実に関連して、被告が本件事故により同人の身体にかなり強度の力を加えられ路上に転倒せしめられたことが認められることは、後叙反訴に対する判断において認定するとおりである。
二 被告の抗弁、原告等の再抗弁に対する各判断は、後叙反訴における反訴請求原因、同抗弁に対する各判断と同じであるから、それをここに引用する。
三 右認定説示に基づくと、原告等は、被告に対し、本件損害賠償債務金一九三万八〇〇一円を負担しているというべきである。
したがつて、原告等の本訴債務不存在確認請求は、その内右債務金一九三万八〇〇一円を越える債務の不存在確認を求める部分は理由があるといえるが、その余の部分は理由がないことに帰する。
第二反訴
一1 反訴請求原因(一)中被告が原告車と接触した後撥ね飛ばされたことを除くその余の事実、同(二)(1)の事実は、当事者間に争いがない。
2 成立に争いのない甲第五、第六号証及び弁論の全趣旨を総合すると、被告は原告車と接触後前のめりに路上に転倒したことが認められるところ、後叙認定にかかる被告の本件受傷の部位程度を合せ考えると、被告の右転倒は、同人の身体にかなり強度の力が加わつたことにより生じたことが認められ、右認定説示に反する原告地田本人、被告本人の各尋問の結果は、右各証拠及び右認定事実と対比してにわかに信用することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
3 右甲第五、第六号証、成立に争いのない甲第二、第三号証、第四号証の一ないし九及び弁論の全趣旨を総合すると、原告地田は歩行者に対する安全確認義務違反の過失により本件事故を惹起したことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
4 当事者間に争いのない右事実及び右認定事実に基づけば、原告会社には自賠法三条により、原告地田には民法七〇九条により、それぞれ被告が本件事故により蒙つた後叙損害を賠償する責任があるというべきである。
なお、原告等の右各損害賠償責任は、不真正連帯関係に立つと解するのが相当であるから、原告等は、連帯して被告の右損害を賠償すべきである。
二 そこで、被告の本件損害について判断する。
1 被告の本件受傷及びその治療経過
(一) 成立に争いのない甲第七号証、乙第一ないし第四号証、第六号証、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、その認定を覆えすに足りる証拠はない。
(1) 被告は、本件事故により、頭部外傷Ⅱ型、頭部打撲傷、頸部捻挫、両膝両手部打撲傷の傷害を受けた。
(2) 被告の右受傷治療の経過は、次のとおりである。
(イ) 小原病院 昭和六二年五月二三日から同月二七日まで五日間入院。
(ロ) 飯尾病院 昭和六二年五月二七日から同年七月二八日まで六三日間入院。
昭和六二年七月二九日から昭和六三年五月三一日まで通院(実治療日数二四〇日)。
(3) 被告の本件受傷は、昭和六三年五月三一日症状固定し、頸部痛、右側頸部より肩部、右上肢の倦怠感等頸椎外傷に由来する神経症状が残存している。
2 被告の本件損害
(一) 入院雑費 金六万〇四〇〇円
被告の本件入院全期間が六七日であることは、前叙認定のとおりであるところ、本件事故と相当因果関係に立つ損害(以下単に本件損害という。)としての入院雑費は一日当り金一二〇〇円の割合による金八万〇四〇〇円となる。
ただ、被告は本件において金六万〇四〇〇円の請求をしているから、右請求の範囲内で本件損害としての入院雑費を金六万〇四〇〇円と認める。
(二) 通院交通費 金一六万五三六〇円
(イ) 被告の本件通院期間(実治療日数)は、前叙認定のとおりである。
(ロ) 被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、被告は、自宅から飯尾病院へ通院するためバス、市営地下鉄を利用し一日当り金一〇四〇円の交通費を要したことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
(ハ) 被告が右通院期間中の一五九日分(昭和六二年一〇月一八日から昭和六三年五月二日まで。)の交通費を請求していることは、その主張自体より明らかである。
(ニ) 右認定各事実に基づき、被告の要した右通院交通費合計金一六万五三六〇円も、本件損害と認める。
(三) 本件後遺障害に基づく逸失利益 金一七万二四七七円
(イ) 被告に本件受傷に基づく後遺障害が残存すること、その内容は、前叙認定のとおりである。
(ロ) 右認定事実に基づけば、被告の右後遺障害は障害等級一四級一〇号に該当すると認めるのが相当である。
被告の主張にそう前掲乙第六号証中の記載部分はにわかに信用できない。蓋し、右文書の右記載内容自体から、被告の右後遺障害の内容は主として同人の愁訴に基づくものであることが看取できるし、それ故、同人の右後遺障害の内容について、その神経系統の障害が未だ他覚的に証明されたといえないし、右記載自体被告の右後遺障害についての等級を最終的に決定するには再診を要する旨の留保をつけているからである。
ただ、前叙認定にかかる被告の本件受傷の部位程度(治療経過)及び右乙第六号証中の右記載部分を総合すると、被告の右後遺障害内容は医学的に証明し得る精神神経学的症状としては明らかでないものの、被告の右愁訴が単なる故意の誇張でないと医学的に推定し得ると認められる故、被告の右後遺障害の障害等級については、右認定説示のとおり定めるのが相当である。
(ハ)(a) 前掲甲第六号証、乙第六号証、被告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第五号証、被告本人の右供述及び弁論の全趣旨を総合すると、被告は本件事故当時四七歳(昭和一四年九月一一日生。本件症状固定時においても同じ。)の男子であつたところ、同人は、昭和五〇年頃まで訴外川崎重工において電気溶接工として就労していたが、その後ベーチエツト病に罹患し身体障害者一級の認定を受け、現在もなお神戸大学医学部付属病院において関係治療を受けていること、同人が昭和五〇年頃から生活保護を受給して生活して来たこと、同人が昭和六二年四月一六日白内障の手術を受け視力が大分回復したこと、そこで、同人は本件事故当時就職すべくその手はずを整えていたこと、しかし、同人の右就職は右事故のため実現せず、同人は現在無職であること、それでも、同人は、現在機会を見て就労したいとの意欲を持つていることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
(b) 右認定事実に基づけば、被告は本件事故当時したがつて又本件症状固定時において無職であり現実の収入がなかつたといえるが、それでもなお、同人が当時就労能力及び勤労意欲を完全に欠く者であつたとはいえず、同人の本件後遺障害が右就労能力を喪失させ同人に対し経済的損失、即ち、損害を与えていると推認するのが相当である。
(c) かかる場合、後遺障害による逸失利益算定のための基礎収入を確定するには統計資料によらざるを得ず、又よることが相当であるところ、賃金センサス昭和六一年度第一巻第一表企業規模計産業計男子労働者労歴計四五歳から四九歳によれば、該当労働者の平均年収は金五五五万九六〇〇円と認められる。
しかしながら、右統計資料は身心ともに健全な労働者を前提として作成された統計資料であるところ、被告には前叙認定にかかる身体的障害が存するのであるから、右統計資料に基づく平均収入を直ちに被告の収入と同視することは相当でない。
前叙認定にかかる被告の身体的障害その現況に鑑みれば、被告の本件後遺障害に基づく逸失利益算定のための基礎収入は、右認定にかかる平均年収金五五五万九六〇〇円の三分の一相当の金一八五万三二〇〇円と認めるのが相当である。
(ニ) 被告の本件後遺障害の内容、該当障害等級、被告が右後遺障害のため損害を蒙つていると推認し得ることは前叙認定のとおりであるところ、右認定各事実と所謂労働能力喪失率表を参酌し、被告の右後遺障害による労働能力の喪失率は五パーセントと、右喪失期間は症状固定時から二年と、それぞれ認めるのが相当である。
(ホ) 右認定説示を基礎として、被告の本件後遺障害に基づく逸失利益の原価額をホフマン式計算方法により算定すると、金一七万二四七七円となる(ただし、新ホフマン係数は、一・八六一四。なお、円未満四捨五入。以下同じ。)。
185万3200円×0.05×1.8614≒17万2477円
(四) 慰謝料 金一六七万円
(イ) 入通院分 金一〇〇万円
被告の本件入通院期間は、前叙認定のとおりである。
右認定事実に基づけば、被告の本件入通院慰謝料は金一〇〇万円と認めるのが相当である。
(ロ) 本件後遺障害分 金六七万円
被告に本件後遺障害が残存すること、その内容、該当障害等級は、前叙認定のとおりである。
右認定事実に基づけば、被告の本件後遺障害分慰謝料は金六七万円と認めるのが相当である。
(五) 以上の認定説示を総合すると、被告の本件損害の合計額は、金二〇六万八二三七円となる。
三 原告等の抗弁(過失相殺)について判断する。
1 抗弁事実中被告が本件事故発生直前小走りで原告車に自らの身体をぶつけるように進行したことを除くその余の事実は、当事者間に争いがない。
2(一) 前掲甲第三号証、第四号証の一ないし九、第五、第六号証、原告地田本人、被告本人の各尋問の結果(ただし、右甲第六号証の記載内容中及び被告本人の右供述中後示信用しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。
(1) 本件事故現場は、神戸地方裁判所正門前から南方に向け通じる道路(両側に歩道があり、車道の幅員八メートル。)と西方湊川神社方面から東方宇治川商店街方面へ通じる道路(所謂東西道路北方に幅員二メートルの歩道とそれに接続する幅員六・五メートルの車道から成る。)とが丁字型で交差する交差点(信号機の設置はない。)内の、右東西道路北側歩道上である。
(2) 右事故現場の道路は、平坦で、アスフアルト舗装路であり、交通規制は、速度制限(最高速度時速四〇キロメートル)、駐車禁止のみである。
右事故現場付近の交通は閑散であり、右事故当時も、右歩道上の通行者は被告のみで、通行車両も原告車だけであつた。
なお、右事故当時の天候は曇で路面は乾燥していた。
(3) 原告車は、右事故直前、前叙の経緯(反訴請求原因(一)のとおり。)でその前部を北東方向に向き変え、更に東方へ向きを変えつつ発進したが、その直後、東西道路の北方側歩道上を西方から東方へ向け小走りに進行して来た被告が、右車両前部左側面に接触し、右事故が発生した。
被告は、右事故現場から西方約三〇メートルの地点で友人との待合せ時間に間に合わないと思つて小走りに走り出し、右現場から西方約一三・七メートルの地点に至つた時、神戸地方裁判所正門前から西方に向け後退して来る原告車を認めたが、そのまま右小走りの状態を継続して、右歩道と車道の境付近で右方向転換をした原告車の傍を走り通けようとし、更に東方に向きを変えつつ発進した右車両の前部左側面と接触した。
(二) 右認定に反する甲第六号証の記載内容部分、被告本人の供述部分は、前掲各証拠と対比してにわかに信用することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
3(一) 右認定にかかる本件事故現場付近の地理的状況、その交通状況、右事故発生までの経緯等、就中被告が後退方向転換している原告車を約一三・七メートル先の地点で現認している点からすれば、通行中の被告としても、原告車の動向に意を用い、小走りを普通の歩速に変えるとか小走りの状態を停止して暫時足踏みをするとか等の方法を採り、右車両との接触を避けるべきであつたのに、不注意に小走りの状態で右車両の前部左側面に至つた過失により右事故を惹起したというのが相当である。
そうすると、右事故の発生には被告の右過失も寄与しているというべく、同人の過失は、同人の本件損害額の算定に当たり斟酌するのが相当である。
よつて、原告等の抗弁は、理由がある。
(二) しかして、右認定及び前叙認定にかかる本件全事実関係に基づけば、被告の右過失割合は、全体に対し一五パーセントと認めるのが相当である。
(三) そこで、被告の前叙本件損害合計額金二〇六万八二三七円を右過失割合で所謂過失相殺すると、その後において、被告が原告等に請求し得る本件損害額は、金一七五万八〇〇一円となる。
四 弁護士費用 金一八万円
弁論の全趣旨によれば、被告は、原告等が本件損害の賠償を任意に履行しないのみならず、原告等から、本件損害賠償債務不存在確認請求を提起されたため、弁護士である被告訴訟代理人に右本訴に対する応訴及び反訴の提起追行を委任し、その際相当額の弁護士費用を支払う旨約したことが認められるところ本件訴訟追行の難易度、その経緯、前叙請求認容額等に鑑みれば、本件損害としての弁護士費用は金一八万円と認めるのが相当である。
五 結論
叙上の認定説示から、被告は、原告等に対し、各自本件損害合計額金一九三万八〇〇一円及びこれに対する本件事故発生の日であることが当事者間に争いのない昭和六二年五月二二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利を有するというべきである。
第三全体の結論
以上の次第で、原告等の本訴各請求は、右認定の限度で理由があるからその範囲内でこれ等を認容し、その余は理由がないからこれ等を棄却し、被告の反訴各請求も又、右認定の限度で理由があるからその範囲内でこれ等を認容し、その余は理由がないからこれ等を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、九五条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 鳥飼英助)
交通事故目録
一 日時 昭和六二年五月二二日午前一〇時五分頃。
二 場所 神戸市中央区橘通二丁目二番一号交差点。
三 加害車 原告地田運転の普通乗用自動車
(タクシー。以下原告車という。)
四 被害者 通行中の被告。
五 態様 原告車が神戸地方裁判所正門前から南西方向へ後退して車両前部を北東方向へ向き変え、更に東方へ向きを転じつつ発進した直後に、同裁判所正門前を西方から東方へ向け通行していた被告と右車両前部左側面が接触した。
以上